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愛蓮説 (あいれんせつ)と採蓮曲 (さいれんきょく)

2009.07.06.23:05

 蓮 (はす) の季節にちなんで、私の大好きな作家、陳舜臣先生が蓮について書かれてる名文をご紹介します。  出典は陳舜臣先生の 「唐詩新選」 (中公文庫) です。 86ページから 「採蓮曲 (さいれんきょく)」 と題した文章が始まりますが、その書き出しの部分です。

 牡丹をたたえる詩には、蓮(はす)は牡丹の家来だとうたわれている。 その牡丹も唐以前は、それほどもてはやされたとはおもえない。 蓮にしても、いつまでも牡丹の家来に甘んじてはいないのだ。 宋になると周敦頤 (しゅうとんい、1017~1073) の 『愛蓮説 (あいれんせつ)』 があらわれ、
 ――菊は花の隠逸なる者なり、牡丹は花の富貴なる者なり、蓮は花の君子なる者なり
 と、蓮をもちあげた。 唐には牡丹が似合うが、蓮は宋に似合う花のようである。 泥の中に咲いても、泥に染まらず、澄んだなぎさに咲いても妖艶にならない。 いかにも宋の雰囲気をもっている。 仏教において、「蓮華(れんげ)」がとくべつな意味をもっていたことも、蓮の台頭と関係があったかもしれない。

 まるで蓮の花のように清浄で美しい文章でしょ 宝石ブルー 宝石緑 宝石紫 宝石赤 

airenzu 左の画像は、こちらのサイト URL -e 国宝 - 国立博物館所蔵国宝重要文化財 にアップされていたもので、狩野正信 (1434~1530) 筆の国宝 「周茂叔愛蓮図 (しゅうもしゅくあいれんず)」 です。

 周茂叔 (しゅうもしゅく) とは周敦頤(しゅうとんい)のことです。
 上記サイトの解説によると、 「愛蓮説」 を採録した 『古文真宝後集』 は室町時代の禅林で模本漢文集として愛読されている。 おそらくこれがきっかけとなって、周茂叔愛蓮図が描かれるようになったのだろう」 とありました。 


sonbunren3   左の綺麗な画像は 「孫文蓮 (そんぶんれん)」 という名をもつ蓮の花です。  名前のとおり、孫文先生にゆかりのある蓮なんですよ。 

 この記事にそのことが載ってましたのでリンクを貼っておきますね メモ

 URL 孫文蓮:日中友好のハス開花--長府庭園 /山口 (2009年6月30日 毎日新聞)


 蓮の実は食用になり、中国では舟に乗ってそれを採るのは若い女性の仕事とされていたそうです。 蓮の実採りのうたが 「採蓮曲」 です。

 次に紹介するのは李白の 「採蓮曲」 です。 これはハンス・ベドケに訳され、作曲家のグスタフ・マーラーがそれに着想を得て、交響曲 「大地の歌」 の第四楽章を作ったことでも有名なものなんですよ。

[陳舜臣 「唐詩新選」 (中公文庫) 91ページ]

若耶渓傍 (じゃくやけいぼう) 採蓮の女
笑いて荷花を隔て 人と語る
日は新粧 (しんしょう) を照らして 水底明らか
風は香袖 (こうべい) を飄 (ひるがえ) して 空中に挙がる
岸上 誰 (た) が家の遊冶郎 (ゆうやろう)
三三 五五 垂楊(すいよう)に映ず
紫騮 (しりゅう) 嘶 (いなな) きて落花に入りて去り
此(これ)を見て踟蹰 (ちちゅ) し 空しく断腸す


 うたの意味です。 [91ページ~92ページ]

 舟に乗って蓮の実を採っていた若い女性がふと見ると、岸の上の柳並木を、駿馬にまたがった若者が馬のいななきを残して落花のなかを去って行く。 蓮の実を採る娘たちには目もくれないで。 馬上の若者たちは良家の子弟である。 採蓮の女たちとは身分が違うのであろう。 別世界の人といってよいかもしれない。 それだけにあこがれは強い。 娘たちの胸はときめき、いきつとまりつ、そしてむなしく哀しむのであった。 相手は異性というだけではなく、一日じゅう馬にのって、ぶらぶら遊べる階級の人である。 娘は水中の刺 (とげ) に傷ついた自分の手をじっとみつめたかもしれない。
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